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2015年11月の林檎の日記

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林檎の日記 2015年11月 の日記

何かレビューする作業って実はとっても大変な作業です。もちろん思った事を文章に起こすのも大変なのですが、それより何よりレビューにあたっての下準備が大変。私の場合もっぱらソフトウェアのレビュー記事を作るわけで、実際に使い込んでみたり、どんな機能があるか調べたり、使われている技術がどんなものなのかを調べたりします。そうして、そのソフトウェアがどんなものであるかのイメージを自分の中に構築してからレビューを書き始めるのです。下手をすると、いえ、いえ下手をしないでもレビューを書き上げる時間よりも、下調べの時間の方が多くかかります。

レビューをする事とは、つまり人様の作品をバカにしたり、褒めたり、けなしたり、よいしょしたりする行為の事です。しっかりと下準備を行い、確固たる根拠が背後にあるレビューでないと説得力は生まれてきません。ネガティブな内容にせよ、ポジティブな内容にせよ、適当に調べたてそれらしい文言を並べてだけの内容スカスカのレビューでは作者様に失礼というものでしょう。私は強くそう信じています。

あれ? でも本当にそうですか? 私は自分の信じたい事を盲目的に信じようとしているだけじゃないのか。誰が「よく知らないものに対しては、真に迫ったレビューは出来ない」と言ったのですか。法律で決まってたりします? そうだよ、そうなんだよ。決まってないじゃないか。自分の技倆が足りないから言い訳をしているだけでしょ。よく分かっていないもののレビューを適当にでっち上げて、「お、おう、そうなんだ」と無理やり納得させるパワーのあるレビューを書けるようになりたい。私は今まで正直過ぎた。真実か嘘かなんてどうでもよくて、そのレビューを読んで脳みそにガツンと来るかどうかだけが重要。

というわけで私には無理やり納得させる力が、まだまだ足りない。千里の道も一歩から、急には上手にならないので、地道に積み重ねる事にいたしましょう。というわけで今日は練習をしたいと思います。まったく読んだ事がないマンガに想像の翼を広げそれらしいレビューをでっち上げます。何がいいかなーと考えたですが今回は「進撃の巨人」でいきます。これならものすごく流行ったのでみんな知っていていいでしょ。一方で私は、あまりにも流行したものに対しては手を出さないという性格でまったく読んだことがございません。近づかないように生きてきた。でも、これだけの有名タイトルですから、巨人のデザインだとか、巨人から身を守るために壁を作っただとか、紐?みたいのでピュンピュン飛び回るといったような断片的な知識はあります。その漏れてきて私に到達した情報だけをベースに、どこまでそれっぽい進撃の巨人のレビューを書けるかが勝負です。読んだ事がない人には真っ赤な嘘の進撃の巨人を信じこませ、読んだことがある人には進撃の巨人でもなんでもないけど、なんだか面白そうと思わせたら成功です。

※ 以下より進撃の巨人のネタバレを含みます。未読の方はご注意ください ※







進撃の巨人、全12巻を読了した事をご報告します。一日で読んだ。作者の金子さんの絵は、少々独特といいますか、味わいがあるというか、まあ下手くそですね。下手くそなんですが、疾走感のある絵+怒涛の展開のおかげで12巻を一息で読んでしまいました。エマの森薫さんは、1巻は下手くそだったのですが、連載が終わる頃には超絶技巧になっていました。金子さんも最後の方には上手にならないかなーと密かに期待していたのですが、最後までそのままでしたね。カイジの福本さんタイプか。

全体を通して、進撃の巨人の素晴らしいと私が思う点は、キャラクターを白と黒にきっちりと分けていない所です。正義と悪、勇気と臆病、強さと弱さ、優しさと厳しさ。人間をもしゃもしゃと食べる巨人は悪の象徴なのですが、人間とコミュニケートしようとする巨人も登場させて完全な悪としては描きません。リーダーとして普段はみんなを引っ張っていくカイエンも、巨人の奇襲によってパニックに陥るという弱さを露呈します。私このキャラクターの描き方とても好きです。だって実際の人間もそうじゃないですか。この人優しいなーと思ていた人がレストランの店員さんをボロクソにいじめてたりするけです。こいつはゲスだなと確信していたら今度は野良ネコを撫でようとして引っかかれ悲しそうな顔をみせたりもする。そうするとそこまでゲスでもないかもと思い始める。人間そんなにシンプルじゃないんだよ! 進撃の巨人のキャラクターからは、そんな人間臭さを感じる。金子さんはいい仕事をしますね、絵は下手だけど。

ストーリーの進め方も秀逸。最初は、ただ襲ってくる巨人をぶっ殺していればOKみたいな空気だったのですが、徐々に徐々に切り替えていきます。なぜ巨人に襲われないといけないのか、巨人は本当に敵なのか、巨人とは何者か。ゆっくりゆっくり疑問を持ち始めたと思ったら、中っくらいの大きさ(中人?)の第三勢力「調停者達」が現れていきなりアクセル全開。さらに人間は人間で、巨人は巨人で仲間割れを始めちゃったりで、てんやわんやのお祭り状態。これ本当にちゃんと収まるところに収まるんだよね? とハラハラしてみていたのですが、最後の最後でギュイーンと伏線を回収して収束させてくれました。ストーリーの緩急のつけ方、物語を無理やりにでもまとめる豪腕が素晴らしい。絵は下手だけど。

結局、中っくらいの大きさの調停者達がいわゆる旧人類で170cm程度。普通のサイズだと思っていた人間が実は小さくて15cm程度。巨人は人間が小さいから、相対的に超大きく見えていただけ、本当は5m程度。荒廃した地球を生き抜くために調停者達が遺伝子改造して、巨大化させる方向に人為的に進化させたのが巨人、小型化させる方向を試したのが人間というオチでした。荒廃した世界に適応とかナウシカっぽい、進化の可能性とかエヴァっぽいなどという意見が巷では言われているようですね。クワァッ!だまらっしゃい!! あらゆる作品はですね、偉大な名作たちの影響を受け、それにプラスアルファする事で新しい物を生み出してきたのです。エヴァの後のロボット物なんて、大なり小なりすべてエヴァの影響を受けているじゃないですか。それでいいのですよ。

それに進撃の巨人は、手垢が付いているネタといえど、とても丁寧に描写しています。人間のサイズが5cmという事を知ってから読み返すと「あー、そうか」となる部分が多々ある。例えばサイズがバレてしまう木とかは全く出てこないんですよね。普通のサイズの木でも小さい人間からしたら世界樹みたいになってしまうでしょうから。あと、22話でエレノアが食べていたラグビーボール状のなにかは、米粒だったんですね。言われてみると確かに米粒の形をしている。巧妙に隠しているようで、実はヒントも混ぜてある。ニクイことをするなー。

最終話では、調停者達の追加の遺伝子改造で巨人はさらに大きく、人間はさらに小さくする事で巨人と人間の抗争に終止符を打つという事になります。そうなるとサイズ差はもうミクロの決死圏レベルになりますから、お互いに争いたくても争えない。なかなかの妙案じゃないかと思うのですが、同時にとても悲しい解決方法です。サイズを変える事で、お互いの住む世界が実施的に分かたれます。作中でしっかり明言されてはいないのですが、巨人のマクシムスは、人間のエレノアに対して友達以上の気持ちを持っていたのではないかと思う。マクシムスが去り際にちらりとエレノアの方を振り向いたのは、その気持ちの発露ではないだろうか。彼らはもう言葉を交わすこともかなわないのですね。悲しい。

結末には賛美両論あるようですが、私はこういった物悲しい終わり方好きです。アダルトなエンディングでした。ですから私は、進撃の巨人を大人に読んで欲しい。前半こそ疾走感溢れるバトルが多いですが、後半に行くにつれて葛藤などを描くヒューマンドラマとしての要素が強くなっていきます。後半を本当の意味で楽しめるのは、酸いも甘いも噛み分けた大人でないとダメだと思うのです。進撃の巨人が少年誌で連載されていたのが残念でなりません。

なんにせよ、前半の力と力のぶつかり合い、後半の心と心のぶつかり合い。どちらも素晴らしかった。当代一級のストーリーであることは私が保証します。絵は下手だけど。

進撃の巨人(うろ覚え)

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